些末なこと

何の役にも立ちません

雑多なこと

先日、仕事でとてもお世話になった目上の方に何年かぶりに会えて、嬉しさと驚きのあまり思わず手を振ってしまった。おまけに近くで話すとき「ああ歳取られたなあ、痩せちゃったなあ」と思って涙ぐんでしまい、かなり失礼だった。全然変わらないねと言われた。

 

作家の日常が綴られたエッセイが好きだ。特に少し年上の女性が書いたもの、恩田陸、三浦しをん、村田沙耶香、川上弘美、桐野夏生、江國香織、角田光代、桜庭一樹などを繰り返し愛読している。のだけど一つ難点があって、その人が書いた小説を読んでいるとエッセイのことをつい思い出し、作者の顔がちらついてしまうことがある。ここは苦労して書いたのかなとか、ああいう考えだから主人公にこう言わせてるのねとか邪念がうるさくて集中できない。のでエッセイを読みすぎるのもちょっと微妙だなと思っていた。ら、鳥飼茜の日記『漫画みたいな恋ください』がとても好きで何度も読み返しているのに『サターンリターン』は作者の顔が浮かぶ余裕もなくのめり込んだ。漫画なのもあるかもしれないけど。続きがとても楽しみ。

かなり歳上だけど沢村貞子のエッセイも大好き。ご飯が美味しそうなエッセイをご飯食べながら読むの幸せ。

 

確か井上ひさしが「~だけど」と前置きするのはやめた方がいいと言っていた。逃げを用意しているとは分かってるんだけど、つい使ってしまう。「凄い」も連発するなとどこかで読んだ。これも分かってるんだけど多用しちゃう。上司に「『個人的に』はやめなさい、あなたの口から出ている以上、あなた個人の考えなのだから」と言われたことがあって、これもなるほどと記憶に残っている。使っちゃうけど。


当事者にならないとわからないことはたくさんあるなと当事者になって初めて知った。そして当事者は存外黙っているものだなと思う。正論振りかざしたり批判したり饒舌なのはだいたい外野。